私は、子供の頃に進駐軍のジープに先導されて、
大きなステーションワゴンに乗ったキリスト教の布教活動の人々が
信じずるものは、救われる~と少人数のブラスバンドで
私の住む東京葛飾四つ木にもやって来ました。
ブラスバンドの先頭の人は、私たち子どもが解りもしない「聖書」を
私たち子どもではない、餓鬼どもに、一人ひとりに手渡しで、
無料でプレゼントしてくれました。
嬉しかったですね・・早速・・餓鬼の私は、子どもの勝負事。
「メンコ」遊びに、夢中でした。
負けて、「聖書」は他人の手に渡れば、2~3日もすると、
再び、信ずるものは、救われる~と、鳴り物入りでやって来ました。
布教活動は、それこそ、1年くらい続きましたかね~で、
私には、解りもしない「聖書」が、縦横高さ30㎝の木箱に一杯に
貯まり、嬉しかった、楽しかったですね~。
その後は、溜まれば価値のない聖書と餓鬼に価値と重量が重い
ベーコマと物々交換でした。
私は、神聖な神様を私がバカにした話です・・が・・
今朝の読売新聞1面には、日本国民を小バカにした
鉢呂経産相 辞任とあります。
辞任の発端は、くだらない、誰でも嫌がる、子どもの遊びならば、
不潔なものに触った・・エンガチョ・・エンガチョ・・で、
厄を他人に乗り移して、自分自身が助かる遊びです。
私が考える昔の代議士は、バックが金儲け業界であり、
私が言ってみれば、アメリカ産業界と戦う代表選手でした。
読売新聞3面に限れば、鉢呂代議士は、元農協職員だぜ!
昔は、お百姓さんが秋の収穫後に、農協主催の海外旅行で
海外の女性を相手に戦った凱旋将軍の旗振り(厄)役だった、
人間が今では、ほら放射能だとか~、死のまちだとか~・・
緊迫感のない人間が大臣だぜ~・・世も末だ~・・です。
私の人生は、功成り名遂げた人の言葉の受け売りです。 1=アメリカの大統領選挙の方法で、すべては情報公開です 2=ケネディー大統領の演説は、いつでも、どこでも、誰でも願うことでした。 3=東京大学の加藤寛一朗名誉教授は、人生は、一つのことを好きであり続けよ!と仰った。 4=筑波大学大学院の山海義之教授は、人生は、好きなことならば死んでも本望だ! 5=文化勲章受章者の故中川一政氏は、人生は、他人から教えを受けることは、意味がない、私自身は自己責任で全てを決定しました理由で責任を他人に転嫁しません。 6=故菅原通済氏は、1ヶ月の給料を一晩で遊べ、人生感が変わるぞ!は真実でした。 7=故本田宗一郎氏は、免状では生活ができないそして本は嘘を言うので読まないことに私も従いました。 8=イギリスの諺は、一つで満足ならば、二つは要らないですが、私は逆に全てが複数を求めて、物事を対比して優劣を判断しました。 9=私の結論と究極は、私の人生の基準や原点・・「情報公開」に戻りますが、小説家の邱永漢さんは、日本人の秘密主義は物事の価格を公表しない、私が金額を明確して、現在に至るです。
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