私は、親からスクーターをプレゼント、もらいました。
親は、ヤマハの2ストロークエンジン搭載のオートバイを
購入しました。
現在67才の私は、世の中の物事が必ず、最低限度・・
2つ存在する、このことが私自身の性格を決定することに
なりました。
皆様は、ご自身の性格が決定した時期や切っ掛けを
思い出せますか?
私は、こんな人間です・・男です。
根本のエンジンは、ホンダのスーパー・カブの郵便配達の
オートバイに対して、ピーピーと煙りを出しながら走るオートバイ。
私は、ピーピーと煙りを出しながら走るオートバイのエンジンは、
日本人が発明したのかと考えました、違います。
結論と答えは、西洋白人です。
ならば、日本人は、日本人の初歩的生活道具である
オートバイであっても西洋白人の模倣品を作って満足するのか?
と思いました。
しようがない・・のです、私の現実は、20そこそこの若造の私が
見るテレビは「ザ・ルーシー・ショー」や「エド・サリバン・ショー」。
一方では、「ビーバーちゃん」や「パパは何でも知っている」・・
最近ならば「シーバー家」でアメリカの中流普通家庭ドラマ・・。
そして、ケネディー大統領の演説は、、西暦2000年までに
お月様に人間様を送り、リターンするでしょう。
私は、逆に、すべてがダメ、なにもすることがなく、
毎日は、ただ目的がなく、学校に行きました。
3流大学故に、入学と同時に卒業後の就職先を考えました。
私は、大学1年の19歳の夏休みに、旅行資金のために、
長期のアルバイト・・玩具の問屋はアメリカにクリスマス玩具です
輸出品荷作り作業員募集の看板を通学途中のJR浅草橋で見て、
応募して、ひと夏稼いで、9月の最初に北海道に、松竹映画
武田のてっちゃん主演「黄色いハンカチ」半月程度の貧乏旅行。
結局と結論は、これを4年間、見合い恋愛と同じで、継続して、
アルバイト先に目出度く・・ご就職~。
就職先を見つけること、や、物事の見聞を広めることは・・
かわいい子には旅をさせろを私自身が私自身にさせました。
生まれ育った東京のFarEastEndの「エデンの東」のような・・
葛飾四つ木と北海道は、句。所変われば、品変わる、でした。
英語の達者な皆様は、F・・E・・・E・・の意味と「east of Eden」で、
ほんとうの私の意図することが分かるかな~・・です。
私の人生は、こんなもの・・and・・物とエンジンです。
私の人生は、功成り名遂げた人の言葉の受け売りです。 1=アメリカの大統領選挙の方法で、すべては情報公開です 2=ケネディー大統領の演説は、いつでも、どこでも、誰でも願うことでした。 3=東京大学の加藤寛一朗名誉教授は、人生は、一つのことを好きであり続けよ!と仰った。 4=筑波大学大学院の山海義之教授は、人生は、好きなことならば死んでも本望だ! 5=文化勲章受章者の故中川一政氏は、人生は、他人から教えを受けることは、意味がない、私自身は自己責任で全てを決定しました理由で責任を他人に転嫁しません。 6=故菅原通済氏は、1ヶ月の給料を一晩で遊べ、人生感が変わるぞ!は真実でした。 7=故本田宗一郎氏は、免状では生活ができないそして本は嘘を言うので読まないことに私も従いました。 8=イギリスの諺は、一つで満足ならば、二つは要らないですが、私は逆に全てが複数を求めて、物事を対比して優劣を判断しました。 9=私の結論と究極は、私の人生の基準や原点・・「情報公開」に戻りますが、小説家の邱永漢さんは、日本人の秘密主義は物事の価格を公表しない、私が金額を明確して、現在に至るです。
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