私が文系の東洋大学に入って気持ちが整理できたことは、
子どものときから思い抱いていた、本田宗一郎さんが
社長の当時は本田技研に入社して、オートバイを設計、試作、
テスト走行、最後に遠いイギリスのマン島で、毎年開催される、
ツーリング・トロフィー・レース、通称がTTレースで優勝する
幸せや夢を築くことがダメだとはっきりと認識しました。
私は、ならば、今度は、絵を描き、小説を書いて、
誰にも負けない、何かを求める気持ちなどが
まったく起きませんでした。
有名な大会社の社長さんが若いころに勤めで失敗して、
左遷されたあるいは、ベンチャー企業を起業した人は、
現在の東北関東大震災で被災した人々のように、
アドレナリンホルモンの頑張るぞ!~が発揮されます。
故本田宗一郎さんは、敗戦で覇気が抜けて
酒を飲んで暮らしたそうですが私も同じで何もする気がなく、
暇さえあれば、スクーターや親のヤマハのバイクを乗って、
遊んでいました。
私は、遊ぶ途中によく言う、一条の光を見出したのが、
貧困と信じた共産主義国のソ連が金持ちアメリカを抜いて
人工衛星を世界最初に打ち上げた事実・・でした。
地方出身の人は、東京がスッゲ~・・と同じです。
すると、私のオートバイ熱も何となく冷めてしまいました。
私は、大学試験で、強制的に考え方を変更させられたことが
逆に物事を対比する比べる、考え方が私の頭に成長しました。
だけど~・・一歩外に出れば、格好が良い・・新型のオートバイや
驚くことは、愚兄がボーナスを貯めた~・・中古のスバル360を
買ったぞ~でした。
私の人生は、功成り名遂げた人の言葉の受け売りです。 1=アメリカの大統領選挙の方法で、すべては情報公開です 2=ケネディー大統領の演説は、いつでも、どこでも、誰でも願うことでした。 3=東京大学の加藤寛一朗名誉教授は、人生は、一つのことを好きであり続けよ!と仰った。 4=筑波大学大学院の山海義之教授は、人生は、好きなことならば死んでも本望だ! 5=文化勲章受章者の故中川一政氏は、人生は、他人から教えを受けることは、意味がない、私自身は自己責任で全てを決定しました理由で責任を他人に転嫁しません。 6=故菅原通済氏は、1ヶ月の給料を一晩で遊べ、人生感が変わるぞ!は真実でした。 7=故本田宗一郎氏は、免状では生活ができないそして本は嘘を言うので読まないことに私も従いました。 8=イギリスの諺は、一つで満足ならば、二つは要らないですが、私は逆に全てが複数を求めて、物事を対比して優劣を判断しました。 9=私の結論と究極は、私の人生の基準や原点・・「情報公開」に戻りますが、小説家の邱永漢さんは、日本人の秘密主義は物事の価格を公表しない、私が金額を明確して、現在に至るです。
0 件のコメント:
コメントを投稿