私が1964年に大学に入り、東京オリンピックが開催されました。
その翌年の1965年は、日本の敗戦後が驚異的に発展できた、
原因の一つは、朝鮮戦争の特需で、日本はトラックの
自動車生産が驚異的に発展しましたことでしょう。
日本の物事は、すべての発展が産業から出発です。
当然、現在の我々が言う自動車は、贅沢品と認定されて、
常に、自動車を所有すると、8種類の税金が課されます。
私は、逆に、税金を考えると日本人の考え方が
判明するのも面白い点です。
私は、大学がダメで、已む無く、経済に進みましたが、
物事は、税金で解決すると分かりました。
さらに、逆を考えれば、共産主義と呼ぶ、ある種が
税金を支払うことをせずに、国民の労働で国家を発展させる
考え方もありました。
私は、運動神経が鈍いので、運動が大嫌い・・だから、
大型運動会のオリンピックなんて、面白くないで、
自動車関係の本を読んでいました。
今現在でも所有しますが、1959~60年版
第6回全日本自動車ショー記念出版に
ドイツのフォルクス・ワーゲンの
西ドイツ国内価格は約38万円です。
私が24歳の1967年に玩具の輸出商社に入社して、
初給料が税込み¥3万円でした。
当時は、自動車は、年収の1.4倍の価格まで、
量産効果で下がれば、自動車は、夢ではないと語られました。
私の年収は、36万円で1.4倍ならば、¥50万ならば
誰でも自動車は購入可能です。
1960~61年版に日本の国民車第一号のスバル360は、
¥40万円で、マツダR360 クーペは、¥30万円です。
その前年に東証1部上場の「伊勢丹デパート」に入社した
先輩の初任給は、税込み¥27000でした。
私の当時は、東証1部の「伊勢丹デパート」と
中小の玩具輸出の今は無き「米沢玩具」と給料が
私の方が上で良かったです。
企業規模を対比すれば雲泥の差ですが、
短期的な賃金面を見ると、小が大を越す・・
日本人の最大の秘密ごとは、この給料の金額でしょう。
典型は、夫婦であっても夫の給料が不明・・
毎月夫から手渡しされた金額で生活を遣り繰りする。
亭主は、偉いで女房が亭主の浮気を我慢する・・悲しい物語。
日本は、まさに、文化の過渡期でした・・
私は、偶然にも、自動車の楽しみと他人から雇われ人生・・
給料取りサラリーマンそして外国を見る興味を抱くこと、も、
ある種の趣味です。
私は、以上のようなことを思うと、日本人の労働なんて、
下らないと思うようになりました。
私の人生は、功成り名遂げた人の言葉の受け売りです。 1=アメリカの大統領選挙の方法で、すべては情報公開です 2=ケネディー大統領の演説は、いつでも、どこでも、誰でも願うことでした。 3=東京大学の加藤寛一朗名誉教授は、人生は、一つのことを好きであり続けよ!と仰った。 4=筑波大学大学院の山海義之教授は、人生は、好きなことならば死んでも本望だ! 5=文化勲章受章者の故中川一政氏は、人生は、他人から教えを受けることは、意味がない、私自身は自己責任で全てを決定しました理由で責任を他人に転嫁しません。 6=故菅原通済氏は、1ヶ月の給料を一晩で遊べ、人生感が変わるぞ!は真実でした。 7=故本田宗一郎氏は、免状では生活ができないそして本は嘘を言うので読まないことに私も従いました。 8=イギリスの諺は、一つで満足ならば、二つは要らないですが、私は逆に全てが複数を求めて、物事を対比して優劣を判断しました。 9=私の結論と究極は、私の人生の基準や原点・・「情報公開」に戻りますが、小説家の邱永漢さんは、日本人の秘密主義は物事の価格を公表しない、私が金額を明確して、現在に至るです。
兎に角、男が女性を好きである理由を言えません。
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