兎に角、男が女性を好きである理由を言えません。

兎に角、男が女性を好きである理由を言えません。
私は、子どものころから自動車と運転に修理が大好きで、半世紀、約100万km走行して無事故が自慢ですが、逆に、自動車の姿格好が無頓着で、負け惜しみですが、自動車なんてな乗り物は、中古で走れば、故障で止まれば修理して、乗れば良い・・1996年製¥750万円を2005年に¥100万円で 買い求めて、壁に当たると損だ!買うことも損だ!大好きな中古車は中古の部品でちょうど良い、左前方のコーナーに原価と手間賃無料で・・無事故のために楽しみと廃物利用で、自作のコーナーポールを取り付けました。・・兎に角・・この先短い人生は、楽しく、誰もがしない、思いもしない、画期的なことが大好きです。

2011年4月25日月曜日

私の人生は、スイスの哲学者「カール・ヒルティー」の言葉、自分の気分を考慮せず、兎に角、直ちに、仕事に着手せよ!でした。

 私が今日は、正確には、
昭和42年1967年4月1日から同年11月25日までであった
勤め人(サラリーマン)人生のことです。

 年表では、ASEAN結成とありますが、
アメリカ文化生活大好き人間の私には、失礼ながら、
貧乏人大家族が寄り集まる東南アジア人家族と
その国家そして反対もヨーロッパ人の考え方ですが
ヨーロッパは一つ・・当時が欧州共同体ですが、
ECの真似事の「東南アジア諸国連合」などが
関係ないと考えました。

 日本では、日印混血女性・・お若い兼高かおるさんが
ある種で模倣しましたが、
ヨーロッパの上流娯楽社会と生活風景を
紹介する映画が上映されました。

 私が西洋人歌手グループと歌で女性の言葉で言う、
鳥肌が立ったこと、それは、「ザ・プラタース」が
映画「ヨーロッパの夜」で歌った、当然のことですが、
「アメリカの夜」の続編もありましたが、
「オンリー・ユー」です。

 私がと、言うことは、毎朝、我が家を08:15分に出て、
JR浅草橋駅から徒歩5分の距離にあった米沢玩具に到着して、
09:00に始まる社長さんの朝礼の挨拶を聞いて、・・解散。

 その後は、スーパー・カブに乗って、玩具問屋で
「マイド」の挨拶とご注文をいただき、次の問屋で
再び「マイド」の繰り返しでした。

 昼食は、物作りの大規模の生産工場や
最低規模が都市銀行の支店やイトー・ヨーカ堂殿のような
量販店の事務所ならば、「食堂で社員が一堂に会して」
食事ですが、私の場合は、アメリカの自動車工場の
工員と同じです。

私の要は、自分の食事は自分で何とかして、食え!でした。

 私が受け取った毎月分の給料は、
授業料免除の東洋大学特待生であった先輩が入社した、
東証一部上場の「伊勢丹デパート殿」より高額で幸せであると
思いましたが、なんのことはない、東証一部上場企業が
食費やその他福利厚生と呼ぶ金銭に相当する「価値」を
社員に支払っていたのです。

 さらに、親方日の丸と呼ばれた労働者は、
ある種が労働者であるが、自分たちで好き勝手な方法と
話し合いの会議と呼ぶ方法で、「価値」を受け取ったのです。

 私の場合は、運転の楽しみと呼ぶ「価値」を
企業家の社長から、給料の他に毎日連続して受け取ったので、
「相子」。

 私は、大学で、共産主義のソ連が最初に人工衛星を
打ち上げたのがスゴイと思ったが、4月分の給料を
受け取っても同じですが、5月1日には、「メイ・デイ」と呼ぶ
「勤労者の祭典」でプラカードを持って道路でデモ行進です。

一方のアメリカからのニュースでは、一家中でお祭り騒ぎです。

 私の結論は、日本がアメリカと戦争で敗戦、そして、日本人が
アメリカ人の自由主義社会に根付く、思想の自由と結社の自由が
素晴らしいと思い、日本人の人それぞれが信ずる道を
進んだと思うのです。

なので、私は、私が思うキーワードを利用すると、
現在の日本人が我が子を殺しても、適当な言い草で
死刑にならずに、幸せに生きて暮らせる日本人社会に
変化したと考え・・で・・終わり。 

0 件のコメント:

コメントを投稿