兎に角、男が女性を好きである理由を言えません。

兎に角、男が女性を好きである理由を言えません。
私は、子どものころから自動車と運転に修理が大好きで、半世紀、約100万km走行して無事故が自慢ですが、逆に、自動車の姿格好が無頓着で、負け惜しみですが、自動車なんてな乗り物は、中古で走れば、故障で止まれば修理して、乗れば良い・・1996年製¥750万円を2005年に¥100万円で 買い求めて、壁に当たると損だ!買うことも損だ!大好きな中古車は中古の部品でちょうど良い、左前方のコーナーに原価と手間賃無料で・・無事故のために楽しみと廃物利用で、自作のコーナーポールを取り付けました。・・兎に角・・この先短い人生は、楽しく、誰もがしない、思いもしない、画期的なことが大好きです。

2011年5月18日水曜日

私の履歴書・・自動車の部です。

皆様が愛する人と人生を築いた履歴書やアルバムがあるように、
私が愛する自動車と人生を歩んだ履歴(書)の存在があっても
不思議ではないと私は、考えます。

私の理由は、女性が典型ですが、子どものときに
遊んだ友だちと会う・・同窓会・・ではなく、
クラス会の出席です。

クラス会に出席した人の中には、少数の方ですが、
当時のアルバムを持参して、当時の思い出話を語る人が
いらっしゃいますが、殆どの人が、証拠を提示しない、
今現在の出世物語を話します。

証拠を提示しない人は、◎◎関係の会社を経営していたが、
今では、部下だった人間に会社を譲って、
俺は悠々自適な生活だで、固有名詞が永久に不明です。

逆は、昨日、納車された、豪華絢爛の外車で凱旋将軍です。
クラス会の目的は、昔の思い出を話す・・ソフト・・が、
目的ですが、往々にして、ハードの物体を持ち込みます。

ならば、私は、すべてが逆を珍重する年寄りの男なので、
ハードの物体の自動車の思い出話と私の生活です。

私が1967年、昭和42年の24歳の誕生日を過ぎて、
誰にも頭を下げずに、気を使わない、目的が明確な
独立自営の金庫の修理屋を親の病気を形にして
取り上げた私は、東京都内の修理現場には、歌があります。

私は、料理の板前が「包丁一本さらしに巻いて~」のように、
現在の日曜大工の量販店で最大が¥3000円程度で
購入可能な道具を旅行用のボストンバックの鞄に入れて、
金庫屋で~す、で、お店である東京熊平金庫店から
指示と時間が指定された場所に伺いました。

当然なことながら、東京の中心地から離れた金融機関は、
東京の特徴は、地図で判明しますが、東西に移動は、
簡単ですが、南北の移動は交通機関がなく、苦痛でした。

なので、私が最初のスバル360の軽自動車は、
すでに、売却、あったのは、我が家の自家用車である、
いすゞ自動車製・・ヒルマン・ミンクスの中古車です。

私は、大好きな中古車を運転しながら、親の背を見て育った、
私の逆が、親の労働も手伝った、まったく同じの修理屋です。
違うことは、親が今現在私の周囲に存在しないことだけです。

私は、67歳の今現在でも幸せと思うことは、私自身が選択した、
労働をやり遂げることに苦労や困難と思うことが
まったく無かったことでした、私が額に汗でも、幸せでした。

人間は、私は、苦労がなければ、逆に、余裕が生まれることや
日本人の物事を大所高所から見ることができましたことです。

私の以上は、大好きな自動車に乗って、
私が毎日、金銭を得る労働に苦労や苦痛と思うことが
まったくなく、逆に、血筋でコーチ役の親から指導も受けた
金庫修理屋でした。

こんな私は、日本で唯一無二と確信と断言する者です。

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