兎に角、男が女性を好きである理由を言えません。

兎に角、男が女性を好きである理由を言えません。
私は、子どものころから自動車と運転に修理が大好きで、半世紀、約100万km走行して無事故が自慢ですが、逆に、自動車の姿格好が無頓着で、負け惜しみですが、自動車なんてな乗り物は、中古で走れば、故障で止まれば修理して、乗れば良い・・1996年製¥750万円を2005年に¥100万円で 買い求めて、壁に当たると損だ!買うことも損だ!大好きな中古車は中古の部品でちょうど良い、左前方のコーナーに原価と手間賃無料で・・無事故のために楽しみと廃物利用で、自作のコーナーポールを取り付けました。・・兎に角・・この先短い人生は、楽しく、誰もがしない、思いもしない、画期的なことが大好きです。

2011年6月3日金曜日

現在の若い日本人は、資格取得の心得と私の場合を比べてください。

私が自動車整備士の資格を取得したころは、
当時のアメリカのテレビドラマ、「私立探偵マイク・ハマー」
主人公の台詞が若いころに金銭を必死に稼せいで、
早いところ引退、リタイアーして、老後を遊ぶでした。

私もアメリカ人のような老後を望みました。

私は、遊ぶために、時は金なり・・time is moneyです。

私は、常に一匹オオカミで、誰の助けもなく、
他人の金庫を修理することが、文科系の大学で、
遊んで暮らして卒業、マイドの玩具のセールスマンでした。

私は、修理の手作業が大好きとは言え、
当時の流行語「チョッキのボタンの掛け違い」で、
金庫の修理が「誤魔化しが効かない」行き詰まりでした。

私は、親兄弟に金庫修理屋がダメで、二番煎じが
さらに、ダメです。

私がならば、しようがない、元来が他人に頭を下げることは、
大嫌いな私ですが、他人に私の頭を丁稚小僧のように下げて、
機械の集合体の自動車の修理技術を他人から習得すれば、
なんとか~なるだろう~・・と、意を決しました。

私は、元来が大好きな自動車のことの原理、原則を
勉強するので、私はまったく勉強に苦痛を感じませんでした。

私が小、中、高、予備校に大学の学校で勉強は、
計17年間がまったく、面白くね〜青春でした。

私が若いころの人生でほんとうに楽しかったことは、
東京都立足立専修高等学校・・自動車整備科の夜間部で
勉強したことでした。

勉強の途中に金庫修理の注文は、父親が職人は夜遊びで
いません・・ごめんなさい・・適当に言えば、大丈夫でした。

東京熊平金庫店殿からの電話は?当時の銀行金融業界が
夜9:00に早帰りなんてなバカげたことはありませんでした。

楽しかったですね〜兎に角、楽しいことを勉強するのです。
嫌々する勉強と違う好きなこと、さらに、本業の金庫修理に
役にたつ、さらに、授業料が無料だぜ!
私は、世の中にこんなことはあるはずがね〜でしたが、
あるのだかしようがないでしょう。

私は、だから、夜間に1年間の勉強で、自動車修理の資格・・
私に金銭があれば、自動車修理屋も開業は、『可能』です。

私がさらに、修理以上に幸せであったことは、
自動車修理に溶接作業が付きものです。
私は、溶接=アセチレンガス溶接の資格も頂戴したのです。
さらに、麻雀ならば役萬の危険物取り扱い講習済み証まで
頂戴しました。

私は、くどいのですが、本業が金庫修理屋で、
自動車修理の資格とガス溶接に危険物取り扱いの講習を
受けたのです。

私は、その気になれば、歌にありますが、
包丁一本さらしに巻いて〜・・どこの修理屋、鉄工所でも、
渡り鳥職人で食って暮らせる自信と誇りが湧き出ました。

私は、歌手、ちあきなおみさんの歌にありますが、
それは~・・、昭和46年(1971年)の春~・・、
敗戦から一貫した単一為替レート$ドル¥360の政策が
¥315に一挙に円高、ニクソンショックのときでした~・・。

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