私の人生は、日本人の表現ならば、アメリカ女性で
アメリカの現在の外務大臣のヒラリー・クリントンさんの言葉で
「私が生まれた場所と時代が良かった」です。
逆は、今現在の東日本大震災に直接の地震と津波の災害と
関連する東京電力の福島県の原子力発電所の大規模無期限の
放射能に被災した人々でしょう。
私は、日本人に神様のいたずら、さじ加減だと思うのです。
16年前の日本人は、阪神淡路大震災で、その前が
九州地方の雲仙普賢岳の噴火で、後が私の在住する・・
東京都港区三宅島の噴火で、今でも公営集合住宅に、
身を寄せる被災した不幸な人々です。
以上の自然災害の不幸は、自分自身が日本国民に
不幸の人々を助けたいと願い出て、代議士と呼ぶ
名誉職の職種に当選した、人間の義務労働と日々生活する
報酬の問題なので、私の話はこれで終わりです。
私は、逆に、日本人の非常に狭い範囲が人それぞれの
人生であり、ご家族であり、趣味や楽しみを求めた
経緯であると確信します。
私の場合は、最早、戦後ではないと呼ばれた東京オリンピックを
テレビで見て、父親がこの近代の昭和の時代に明治や
大正時代の時代遅れの病気「はい壊疽」を発症したが、逆に、
近代抗生物質のペニシリンとお医者さんの助けで一箇月で
終わりました。
私は、ただ何となく毎日マイドの生活が嫌なこったで、
病気の父親を助けると言えば、聞こえが良いですが、
兎に角、肉親の情がある、気楽な家業と稼業に転向です。
私の母親は、子ども4人を産み、育てた、日本人の女であり、
母であり、日本人の文化因習伝統を守る立派なお人です。
私より6才上の愚兄は、現在の日本文化の一翼を築いた、
コンピューターの富士通の会社に勤務するただの会社員です。
二つ上の愚姉は、当時の因習文化を地で行った女でした、
すべてが女子と名の付く高校と付属の短大まで行き、
父の弟が東京都の役人であった関係と縁故で、
某有名化粧品会社に就職したが、20歳まで、まったく
男っ気のない環境に育ったために、世の中に男がいた~で、
すぐに、色気付き、結婚して、子どもを産んで、終わりです。
愚姉は、何のことはない、亭主のいない日中に、
実家の我が家に来て、昼飯を我が子と母と父が孫と一緒に
食べた、ついでに、夜と明日の朝のおかずを冷蔵庫から
持ち出すだけの毎日。
6才年下の愚弟は、我が家と近所の賢者で、東京大学に
東大安田講堂事件の翌年の1970年に入学です。
両親は、愚弟が近所で、唯一無二の子どもで鼻高々です、
日々の我が家の生活費は、私が金庫修理で稼ぐで、
我が家と我よ世の春を家族6人で味わう毎日でした。
私は、時々、東京以外の金庫修理を東京熊平金庫店殿から
父親が我が家でご注文を賜る・・父親は、電話の受話器を
置いたと同時に、親子でドライブ気分になる始末でした。
近所の人間族の女性と婆たちは、母親に伊藤さんちは、
親子で今日も、昨日もドライブかい、いいね~です。
母親は、母親で、亭主と子どもが私に家が汚いので
掃除をしろ!で、どっかに、行っちゃた~と・・
知らばっくれる人間でした。
以上は、私と我が家の遠い昔の思い出話です。
明日は、他人の自動車製造会社のお家の事情です。
私の人生は、功成り名遂げた人の言葉の受け売りです。 1=アメリカの大統領選挙の方法で、すべては情報公開です 2=ケネディー大統領の演説は、いつでも、どこでも、誰でも願うことでした。 3=東京大学の加藤寛一朗名誉教授は、人生は、一つのことを好きであり続けよ!と仰った。 4=筑波大学大学院の山海義之教授は、人生は、好きなことならば死んでも本望だ! 5=文化勲章受章者の故中川一政氏は、人生は、他人から教えを受けることは、意味がない、私自身は自己責任で全てを決定しました理由で責任を他人に転嫁しません。 6=故菅原通済氏は、1ヶ月の給料を一晩で遊べ、人生感が変わるぞ!は真実でした。 7=故本田宗一郎氏は、免状では生活ができないそして本は嘘を言うので読まないことに私も従いました。 8=イギリスの諺は、一つで満足ならば、二つは要らないですが、私は逆に全てが複数を求めて、物事を対比して優劣を判断しました。 9=私の結論と究極は、私の人生の基準や原点・・「情報公開」に戻りますが、小説家の邱永漢さんは、日本人の秘密主義は物事の価格を公表しない、私が金額を明確して、現在に至るです。
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