今日の時計は、これらです。
根本は、亡き父が買い求めた雑多な壁掛け時計です。
私の思い出です。
私は、私が親の病気を幸いに、手仕事を言葉を悪く言えば、
取り上げました。
父親は、年中ぶらぶら遊んでいて日曜日です。
今から40年前の話です。
今現在は、どこも街もシャッター商店街ですが、
昔は活気がありました。
ないのは、現在のような年寄り人間が遊ぶ、
ボランティアの場とか家庭菜園のような遊び場がありません。
あるのは、テレビでした。
親は、子どものころか強度の近眼で、
兵隊に行かない幸せ者でした。
逆は、力道山のテレビ放送も見ずに、
さっさと寝てしまいました。
私たち子どもたちが育ち上がった途端に、
糖尿病と白内障の発症です。
親は、手術をしたら句。目からうろこが落ちたような
今浦島太郎の人間に生まれ変わりました。
以後は、今私が楽しむ30チャンネルの
ケーブルテレビがあったなあ・・です。
親は、毎日朝起きた途端にテレビの前の座り、
NHKのおしん、夜は大岡越前や銭形平次に水戸黄門です。
昼間は、近所にブラブラと散歩です。
我が家から、半径5㎞には、雑多な商店街や小型デパートがありました。
私が金銭を求めて自動車で労働です。
親はクマヒラ金庫店殿からの電話番です。
電話番と言っても私が居なければ、親は、どうすることもできない
・・でなく・・親は、洋の私が自動車に乗って毎日ドライブ。
いいなあくらいです。
親は、結局、ショッピングです。
買った物は、待ちに待つ国民基礎年金の金銭で、
要りもしない、壁時計や万歩計の器械小物の雑貨です・・
最後に分解して廃棄で終わりですが、最後に残った壁時計。
追伸・・壁の四隅の黒い物体は、BOSEの5.1サラウンドの
2個セットの小型スピーカーで、テレビの上で計10個です。
超低音のウーハーは、テレビに下の開きの中です。
私は、完全に親の血を引くで、現在に至るです。
私が親と完全に違うことは、安物を買わずに、永久に保存です。
私は、分解したにしても、絶対に組み立て・・た・・です。
私の人生は、功成り名遂げた人の言葉の受け売りです。 1=アメリカの大統領選挙の方法で、すべては情報公開です 2=ケネディー大統領の演説は、いつでも、どこでも、誰でも願うことでした。 3=東京大学の加藤寛一朗名誉教授は、人生は、一つのことを好きであり続けよ!と仰った。 4=筑波大学大学院の山海義之教授は、人生は、好きなことならば死んでも本望だ! 5=文化勲章受章者の故中川一政氏は、人生は、他人から教えを受けることは、意味がない、私自身は自己責任で全てを決定しました理由で責任を他人に転嫁しません。 6=故菅原通済氏は、1ヶ月の給料を一晩で遊べ、人生感が変わるぞ!は真実でした。 7=故本田宗一郎氏は、免状では生活ができないそして本は嘘を言うので読まないことに私も従いました。 8=イギリスの諺は、一つで満足ならば、二つは要らないですが、私は逆に全てが複数を求めて、物事を対比して優劣を判断しました。 9=私の結論と究極は、私の人生の基準や原点・・「情報公開」に戻りますが、小説家の邱永漢さんは、日本人の秘密主義は物事の価格を公表しない、私が金額を明確して、現在に至るです。
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