私は、昨夜の読売新聞の17面・・東京都23区内の近代建築1611件が消滅とあります。
一見すると、さあ~大変だ・・何とかしなくては~・・と誰でも当然思います。
私は、逆に、誰がそのような時代に逆らい、まったく世間知らずのことを言い出しのか?とまた当然問題にしたいのです。
私が新聞を読むと何のことはない、都内の研究グループ「歴史・文化のまちづくり研究会」だとさ!・・です。
研究の結果は、9日から富山県富山市で開かれる「日本建築学会」で発表されるんだってよ!。
私たち善良な市民は、昔見た、アメリカ映画「市民ケーン」ではありませんが、深甚なる考慮で新聞の字面を見ないと、パソコンの意味不明な英語混じりの説明書も昔の進駐軍と同じで見誤り、パソコン初年兵の私がいつも泣きを見ているのが現実です。
私は、ある意味で死の瀬戸際を歩いた人間だから、皆様にこのような横柄なことが言えるのです。
・・と・・言うのは、約十年前の1999年までは、人間の最大の欲望・・地獄の沙汰も金次第・・と言われる金銭を保管する金庫の修理屋でした。
金庫は、風雨にさらされる無人の野原に置きますか?
金庫と呼ぶ物体は、普通がその家やビルの所有者が最高に安心安全と思う場所に置きました。
所有者が不要と宣言した家屋敷や雨露で絶対に腐り崩壊しない、他人のビルの行く末を案じて赤の他人様が騒ぎ立てることは、ある種が火災現場に集まる野次馬連中の皆様であると私は言いたいのです。
多くの善良な日本人の皆様が往々にして何かを言いたいときの究極は、天皇陛下のご臨席を賜るのです。
日本人は、徳川さんの言葉にありますが、駕籠に乗る者、担ぐ者、それまた、わらじを編む者が必ず存在しますことは、神様のさじ加減がそうさせたことで、上を見れば限りがなく、下を見ても限りがないのが現実であることが、しようがなく、大晦日に煩悩を追い払うために近所のお寺さんで、景気よく、百八つの鐘を突いたのでしょう。
私の人生は、功成り名遂げた人の言葉の受け売りです。 1=アメリカの大統領選挙の方法で、すべては情報公開です 2=ケネディー大統領の演説は、いつでも、どこでも、誰でも願うことでした。 3=東京大学の加藤寛一朗名誉教授は、人生は、一つのことを好きであり続けよ!と仰った。 4=筑波大学大学院の山海義之教授は、人生は、好きなことならば死んでも本望だ! 5=文化勲章受章者の故中川一政氏は、人生は、他人から教えを受けることは、意味がない、私自身は自己責任で全てを決定しました理由で責任を他人に転嫁しません。 6=故菅原通済氏は、1ヶ月の給料を一晩で遊べ、人生感が変わるぞ!は真実でした。 7=故本田宗一郎氏は、免状では生活ができないそして本は嘘を言うので読まないことに私も従いました。 8=イギリスの諺は、一つで満足ならば、二つは要らないですが、私は逆に全てが複数を求めて、物事を対比して優劣を判断しました。 9=私の結論と究極は、私の人生の基準や原点・・「情報公開」に戻りますが、小説家の邱永漢さんは、日本人の秘密主義は物事の価格を公表しない、私が金額を明確して、現在に至るです。
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