今日は、平成6年10月3日に行年87歳で、布団に下の垂れ流しと汚れた手で部屋の壁を手探りで徘徊しながら、愚妻の世話した疫病神の父親がとうとう、死んで、世話する光景をアルツハイマーの母親は、いいんだよ・・寝ているからそっ~として、置いておやりと言いました。
私夫婦二人は、そうも行かずに、お寺さんにお願いして、父を弔って、お寺さん関係カレンダー計算で17回忌です。
今年は、地球温暖化現象を夏場に大騒ぎする人が言うと暑く、逆に涼しい北海道旅行もして、東京新盆計算の日には、お墓参りは、ごめんなさい・・後日涼しい日を狙って、神奈川県の相模湖の近くお墓で眠っていてね!
私は、我が家の軒先で父親の白骨と同じようなおがらを蒸篭の上に置いて寝かして燃やして、司会者。桂三枝さんのお言葉で・・いらっしゃ~い・・です。
私たち夫婦は、子どもは餓鬼の考えで人生を過ごした手前・・私の考えが日本人は、先祖や死人を基準にしています。
西洋人は、心に信ずる神様の誕生日を基準にすることが違う・・と考えます。
だから・・敗戦後に進駐軍のアメリカ人は、日本人は、伝説を歴史に置き換えたことが「悪である」といいました。
典型は、戦争中に紀元2600年と言い・・飛行機の名前をゼロ式戦闘機と呼び・・多くの特攻隊員が死んで可哀相・・と言葉を発します・・が・・。
一方では、特攻隊員は、郷土訪問飛行と名を借りて・・両親の住む家の上空を私も悩む糖尿病とお聞きした、故三橋美智也さんの歌。鳶がくるりと輪を描いた~・・飛んで・・おかあさん・・おとうさん・・これから・・行きます・・のご挨拶が出来たことは、幸せでした。
さらに・・飛行機は、特攻隊の基地に帰還して、基地の側の旅館には、愛する女房や許嫁が別れの挨拶をするために、一夜を共にした「幸せ者」だと私は断じて考えます・・文学大好き人間と何でも可哀相大好きの皆様は?
そこで・・今日は、これから17回忌の挨拶とお墓掃除を兼ねてこれから・・飛行機でなく、自動車でドライブしながら・・相模湖の側のお寺までいきます・・ので・・完。
私の人生は、功成り名遂げた人の言葉の受け売りです。 1=アメリカの大統領選挙の方法で、すべては情報公開です 2=ケネディー大統領の演説は、いつでも、どこでも、誰でも願うことでした。 3=東京大学の加藤寛一朗名誉教授は、人生は、一つのことを好きであり続けよ!と仰った。 4=筑波大学大学院の山海義之教授は、人生は、好きなことならば死んでも本望だ! 5=文化勲章受章者の故中川一政氏は、人生は、他人から教えを受けることは、意味がない、私自身は自己責任で全てを決定しました理由で責任を他人に転嫁しません。 6=故菅原通済氏は、1ヶ月の給料を一晩で遊べ、人生感が変わるぞ!は真実でした。 7=故本田宗一郎氏は、免状では生活ができないそして本は嘘を言うので読まないことに私も従いました。 8=イギリスの諺は、一つで満足ならば、二つは要らないですが、私は逆に全てが複数を求めて、物事を対比して優劣を判断しました。 9=私の結論と究極は、私の人生の基準や原点・・「情報公開」に戻りますが、小説家の邱永漢さんは、日本人の秘密主義は物事の価格を公表しない、私が金額を明確して、現在に至るです。
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