すべてが世界最強国のアメリカに65年間援助を受ける
韓国は、アメリカの指導の下で今日から米韓軍事演習です。
日本人の私は、子どもの頃に日本がアメリカに
無条件降伏して、戦艦ミズーリー号の甲板上で、
重光大使が毛筆で降伏文書に署名する光景を
ニュース映画で見ました。
他は、アメリカのアイゼンハワー大統領が
法律成立書類にサイン署名するときに、
大量の万年筆をテーブルの上に用意して置き、
一文字書いては、万年筆を関係者にプレゼント、
握手しました。
私は、その後、アメリカは日本人が毛筆を珍重するように
筆記具の万年筆に思いを寄せる国民だと思いました。
何とか英語と恰好が付いた大学生のころに、子どものころから
父の生家が中央区月島で、銀座は勝手知ったる遊び場で、
日本のすべてが銀座の「伊東屋殿」に万年筆見物でした。
当時は、記念品と言えば、万年筆です。
胸のポケットに現在も異国の紳士にいますが、
大量の万年筆をこれ見よがしに差し並べた者は、
イモ・・でした。
私は、浪人大学入学記念品がアメリカのパーカーでした。
大学時代は、モンブラン?・・知らね~な~です。
と・・同じように、人気作家は、原稿用紙がこれ!と
日本各地の作家の記念館には必ず、書きかけの原稿用紙や
「筆記具」と「写真」が飾ってあります。
元文学少女で、趣味の無い、現在暇のある日本人たちは、
外人ならばだれでも良く・・西洋アメリカ白人が当時は
人間ではないと蔑んだ、黒人婦人労働者と遊んだ男は日本に
風太郎で渡来して、大家の日本人女性と結婚、小説を書いた、
陰気な土地から逃げた現在消息不明の小説家を写真で賞賛しています。
女たらしの小説家は、だ~れだ!ただ~小説を読むだけでは、
・・ダメ・・です。
私は、趣味の物体を基準にして、自動車で旅行して、
各地の料理を食べて、温泉で遊ぶので・・余裕ができた~
ので・・私が以上のように書いたことは、私の趣味の物体を
これからのブログで述べる・・Prologue・・小説ならば前説や
導入部、演劇ならば序幕で落語ならば枕話です。
私の人生は、功成り名遂げた人の言葉の受け売りです。 1=アメリカの大統領選挙の方法で、すべては情報公開です 2=ケネディー大統領の演説は、いつでも、どこでも、誰でも願うことでした。 3=東京大学の加藤寛一朗名誉教授は、人生は、一つのことを好きであり続けよ!と仰った。 4=筑波大学大学院の山海義之教授は、人生は、好きなことならば死んでも本望だ! 5=文化勲章受章者の故中川一政氏は、人生は、他人から教えを受けることは、意味がない、私自身は自己責任で全てを決定しました理由で責任を他人に転嫁しません。 6=故菅原通済氏は、1ヶ月の給料を一晩で遊べ、人生感が変わるぞ!は真実でした。 7=故本田宗一郎氏は、免状では生活ができないそして本は嘘を言うので読まないことに私も従いました。 8=イギリスの諺は、一つで満足ならば、二つは要らないですが、私は逆に全てが複数を求めて、物事を対比して優劣を判断しました。 9=私の結論と究極は、私の人生の基準や原点・・「情報公開」に戻りますが、小説家の邱永漢さんは、日本人の秘密主義は物事の価格を公表しない、私が金額を明確して、現在に至るです。
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